虚像を愛する

だいたい寝言

KinKan、という思い出

つい先日、新橋演舞場で行われている「東西SHOW合戦」を観ていた人たちからのレポートで平野くんが見学していたよ、という情報が流れてきた。

 

関西vs関東と題して、東西のJr.が融合しSHOWを繰り広げている(らしい)この舞台。私は未観劇だし、観劇予定もない。

しかしながら、レポは毎日のように流れてくる。

そんな舞台の初日のセトリレポで全平野担が震えた曲目があった。

 

2nd Movement

 

である。

そして追い討ちをかけるように、詳細な報告が飛び交った。

"赤い衣装で踊っていた""フリはあのままだった"という内容である。

 

これには、いくら新規の私でも反応せずにはいられなかった。

松竹で平野くんを見る機会に恵まれなかった私でも、

この曲で歌って踊っていた姿を知らずして平野担にはなれないくらいには、

平野くんの関西ジャニーズJr.としての歴史上で「なくてはならない」曲だったからである。

 

正直、「新規が偉そうに」「知ったかして!」と思われてしまうだろうということは、重々承知であるが

私が言いたいのはそういうことではなくて。

目の当たりにしたことがなくたって、彼が関西で活躍していた時を知ろうと思えば自ずと「2nd Movement」という曲目が脳裏に焼きつくくらいには、「KinKan」の代名詞(もちろんKinKi Kidsさんの曲ですが笑!)とも言える曲だったと思っているのだ。

 

そんな曲を今回は、KinKanのメンバーからはじーこ1人で、今の関西を共に支える主要メンバーと歌っている、という事実が

衝撃でもあり、当時を知る方々にとっては記憶から感情を揺さぶられることだったのではないかなあ、と思う。

 

事実、私のTLではたくさんの「セカムブやったの?!」といった声が響いていた。(字だけれど)

少クラやまいジャニといった映像化されたものでしか観られなかった私でさえ、

「あそこの、あの振りの、あの紫耀くんが好きだったなあ〜〜」

と思い返したくらいである。

 

そんな東西SHOW合戦。

先日、2/24(金)の夜公演でその時がやってきた。

 

見学に平野紫耀がやって来たのである。

やはり平野担の皆さまが気になることの1つにはもちろん、あの曲のことがあったはず。

 

「あの、2nd Movementを紫耀くんがみたということか…」

 

流れ来るレポにはまず、絆でじーこと紫耀くんがハイタッチしたよー!というものもたくさん見受けられた。

とても平和だ。幸せだ。

ともに関西で切磋琢磨した仲間が、

活躍の地を違えている今でもこうして「絆」で繋がっているのだ、という事実は

去年の秋でこれでもかというくらいに、みんなの心を締め付け、そして満たしてきた事だったから。

そんな2人が、目を、手を、合わせて。

それだけでも思うことは尽きなかった。

 

そして、ある1つのツイートが瞬時にTLを駆け巡った。

以前から「関西にいた頃の紫耀は素敵だ」ということを強く伝えてくださっていた方の、

儚くも美しい、想いのこもったツイートである。

 

 

多くの人が一瞬息を呑んだのではないかと思う。とても素敵なツイートだと思った。

切なすぎる。想像に容易く、甘く、そして苦しい。

どんな想いを抱えて、その光景を目の当たりにしていたか、主観は少なからずあるにせよ。

私はこれを見て、ハッとした。

どんな想いで平野くんが2nd Movementを観ていたのかは、本人が語ってくれるまで分からない。

でも。

どんな想いを抱いたとしたって。

彼にとって、

そして関西の頃から彼を応援していた多くの人たちにとって

大切で、そっとしまっていた曲であることに違いはないのである。

そして苦しくなった。

もう戻ることのできない思い出に、胸が締め付けられた。

 

 

彼は決して忘れてなどいない。忘れるわけなどないのである。

松竹座のみならず、ある時はSexyZoneやJUMPコンのJr.コーナーで、ある時はあけおめコンで、ある時は全国ツアーで、ある時は自分たちがメインのまいジャニコンで。

おそらく1番多くこの曲を披露してきたのである。

飽きられるかなあ?と、フードを被ってみたり、被るのをやめてみたり。

それほどまでに仕上げに仕上げた大切な曲を。

メンバーの1人が。

自分のいないステージ上で、今の仲間たちと。

 

勝手に想像してしまうのがヲタクの特技であると同時に、悪いところだというのは十二分に分かっているけれど…

 

 うじうじしながら、そっとTwitterをとじた。

そして、ふと「キンカン」の花は確か紫耀くんの誕生花だったな、と思い出して

「そういえば、花言葉なんだったっけ」

と、検索をかけてみた。

そして、出てきた検索結果にまたしても息を呑んだ。自分で自分の首を絞めたようなものである。

 

キンカン(金柑)|1月29日の誕生花・花言葉・由来 | LOVEGREEN(ラブグリーン)

 

「思い出」「感謝」

 

これほどまでに今の彼らを表す言葉ないと思った。

彼らは、思い出を共有しているのである。そしてそれは、私たちも…

 

KinKanが解体されて、早くも2年以上が経った。私は表記がなくなった時にはもう、解体されたということだったのだろうと思っている。

金内くんがやめて、約2年が経とうとしている。

そして今、

1人は東京でJr.の真ん中に立ち、

1人は大阪でJr.の先頭に立って引っ張り、

1人は美容師という違ったフィールドで4月から新生活を始めようとしている。

 

そして2年の間、沈黙を守っていた彼が就活を終えた最近になって、SNSを活用するようになり、大変話題になっている。

 

 

こうして、みんなの想いが「思い出」になっていくのだと。時がすべてを記憶に変えていくのだと。

諸行無常。時の流れは止めることができないのだと改めて感じた。

「今」は「今」にしかないのだ。

分かってはいても、結局のところいつまでも分かっていないのである。

 

そんな気持ちで、HDDの整理をしていた。(体調不良で外出もできず暇だったのです笑)

その日には、娘の体調不良を心配した父親が、私が発熱して買いに行けずにいたMyojoとポポロを差し入れしてくれてもいた。

そんな精神状態・健康状態だからなのか、元からやらかしがちだからか、

先日、紫耀くんたちMr.KINGがキスマイの2人と勝利くんと出てきためざましジャンケン(15秒)を編集しようと思って消してしまった。

発狂である。今まさに、ディスクに落とそうとしていたのに!!!しかもこのミス、去年もしたしーーーーっ!!!

たまらず母親に電話して、情けない思いの丈を愚痴っていた。

そうして言われた。

 

「大したことじゃないよ。人はね、失ったものほど執着するようにできてるの。手から逃れたものほど良いものに見えるもんだよ。」

「ポポロだって買えない間は喉から手が出るほど読みたかったけど、目の前にある今は大して何も思ってないんじゃない?」

 

色々なことが、様々な感情が重なってしまって、

人生で何度も言われてきたこの言葉が

胸の奥に沈んだ。

そうだ、私は。私は。

目の前にあるものを人は、当然だと感じてしまう。人という生き物の性なのだ。

 

紫耀くんはいつだって、「今」を最大限に魅せてくれている。

彼はニュートラルだ。執着しない。帰属意識をなかなか見せようとしてくれない。

そこに一抹の不安を覚えてしまうことだってあるし、他担さんから見ればドライに思われてしまうのではとヒヤヒヤしたことさえある。

目の前の仕事に集中して、一切意味のないプレッシャーやしがらみは排除している。

KinKanの時は、KinKanが大好きだ、この3人が大好きだとあれほど言葉にしていたのになあー、と思ったことは正直何度だってあった。

思い入れが違うのか?と感じたこともなかったわけではない。

でも、それ以上に「トラウマ」だったのか?ショックだったのか?

と思っていた。

しかし、それも違うと今では思っている。彼は、感覚的に学んだのだ。Jr.という不安定な状況において組まされるユニットの流動性と、そういった環境下でどのように振る舞うのが最も賢明か、ということを。

Jr.として仕事に取り組むべき、その姿勢を彼は、たった一度の「クラス替え」で体得したのだろうと思う。

そして、揺るがないのは「今」「この場所」「目の前」だということに気づいている。映像化もされないJr.という立場にある自分が今楽しませるべきなのは、「目の前のお客様」なのである。だからこそ、彼が1番にみてほしいのは、等身大の今の彼なのだろう。

 

私たちが過去に生きてどうする。

紫耀くんがみせてくれるのは、今の彼だ。

これから先だって、その時の今を楽しませてくれるのであろう。

 

だから私も、全力で彼の見せてくれるすべてを、その時に!楽しみたい。

そして、いつか本当に思い出を思い出にできるように。