虚像を愛する

だいたい寝言

デビュー

2018.01.17

King&Princeデビュー発表。

 

私は、この知らせを友人からのLINEで知った。

平野紫耀くんを好きになってから丸3年、ずっと待ち続けてきた、まさに待望のお知らせであった。

本当におめでたい。嬉しい。でもまだどこかふわふわしていて、やっと実感が湧いてきたような、まだ不安なような、不思議な気持ちである。

 

知らせを聞いた帰り道、寒空の下思い返したのは、紫耀くんを好きになってから今までの様々な出来事であった。

紫耀くんを好きになった当初は、「もうすぐデビュー」「デビューに最も近い」グループの一員だと聞かされていた。

見れば見るほど心惹かれていき、デビューのみならず

彼なら国民的アイドルになれると確信するようになった。

だから、当時大好きだった嵐と”掛け持ち”をして、本当にデビューしたら担降りしようと心に決めていた。

 

しかし、待てど暮らせどその知らせは届かなかった。

何か動きがある度に、「デビューの兆しなのでは」との期待に胸を膨らませたが、それが叶うことは今日までなかった。そして次第に、諦めの境地に達していき、「期待はしない」という方法で自分が傷つかないように予防線を張ってきたのだ。

 

それでも、この3年間、紫耀くん自身が、私の期待を悪い意味で裏切ることはなかった。

いつだって彼は、予想だにしない方法で私の期待を遥かに飛び越えて見せた。

 

一番は、忘れることのできないJOHNNYS' Future WORLD。通称ジャニフワ。

後にも先にもこれを超える舞台はないだろうと思っている。

彼は ジャニーズJr.として「座長」を務めた。博多座に関しては、最年少座長である。

この舞台の座長としてだけではなく、彼は主役としても大活躍であった。

ほとんどが出番。二幕の休憩は5分しかないのだと、笑って話してくれた。

しかも、博多座と梅芸という二会場で、足掛け2か月に渡って上演した。誰もが一目見て「これ以上ないほどハードだ」と認識するような大役を、彼は1日たりとも休むことなく、穴をあけることなく、完遂したのだ。

「体大丈夫?」と言われるたび、「大丈夫です!」「昔から体は丈夫なので!」と笑顔で答え続けた。

そして後になって、「実は体調を崩してしまって…」とポロっとこぼす。廉くんにより、それが盲腸という大事であったことが明かされる。

彼という人は、そうやって自分の限界を超えてでも、ファンの愛に応えてくれる。見たことのない景色をたくさん見せてくれた。

この彼の頑張りが、どうか報われますように、と願わずにはいられなかった。

ジャニフワの発表以来、私は平野くんのことしか考えていなかったし、あんなにも夢中だった嵐さんを見る余裕など無くなっていた。

自然と、気がつかないうちに、担降りをしていたようであった。

なんという求心力であろう。きっかけにすると決めていたデビューを待たずして、変わらず大好きだと思える二宮和也を降りざるをえないほどに、平野紫耀くんへの愛情は膨らんでいたのだった。

Jr.担になることは初めての経験であり、不安も多くあったはずだが、それも含めて腹をくくれるくらい、平野紫耀くんは信頼できるアイドルだったし、彼自身が誰よりも実績を積んで証明してくれた。

テレ朝祭りサポーター、座長、写真集、外部雑誌表紙、MATCHのCM、映画主演×2

そのどれもが、望めば叶うものではない。彼の運と、才能と、たゆまぬ努力によって叶ってきたものだ。

 

また、紫耀くんを好きになったことで、さらなるたくさんの出会いもあった。

ずっと、Jr.担のお友達が作れず苦労していた頃に、一人優しく声をかけてくれた方がいた。

初めて会う新規ファンの私に対しても、「歴なんて関係ないよ。紫耀担さんはみんなお友達だよ。」と温かく迎え入れてくださり、私が知らなかった頃の紫耀くんの話をしてくれたり、DVDを焼いてくださったり。

お返しと言えるほどでもないが、2枚で取れたチケットがあれば一緒に入ってもらったりもしていた。

数え切れないほどお世話になったし、ファンとしてのマナーを教えていただき、いろんな場所にも連れて行ってもらった。そして、その方を通して、たくさんの素敵なお友達も作ることができた。

友達の輪が広がり、関西に住んでいると放送されない番組も、お友達が救済してくれるというありがたい経験もするようになった。

平野くんの活躍がある度、共有できる仲間ができたことがとても嬉しかった。

不思議な縁で、紫耀くんが入所してすぐ(まいジャニ初出演時)からファンをしている人とも、知り合った。紫耀くんのファンがまだ少なかった頃のエピソードや、ずっと変わらない紫耀くんの魅力を教えてくれた。

 

紫耀くんが連れて行ってくれる場所、見せてくれる景色、伝えてくれる言葉、結んでくれる縁、どれもが尊くて愛おしくて、私の人生を色鮮やかに彩ってくれた。

 

感謝してもしきれない。

だからこそ、彼には幸せになってほしいと。彼の頑張りが、どうか報われてほしいと。そう願い続けてきたのだ。

 

そして、一つ。スタートラインに立つ時が来た。

奇しくも今日、1/17という日が選ばれた。

そう、23年前に阪神淡路大震災のあった日だ。

私は当時、まだ幼く記憶も鮮明ではない。しかし、あの大きな揺れと直後に父親が家族に覆いかぶさって守ってくれた光景は今でも脳裏に焼き付いている。

学校でも「幸せ運べるように」と歌い、忘れてはならない日として黙祷を捧げてきた。

歴史に残る悲劇があったこの日だからこそ、幸せなニュースを。明るい未来につながる瞬間を。

きっと今日という日も、一生忘れることはできない。

 

これから、どんな景色を見せてくれるのだろう。

きっと平坦な道のりではない。だってこれまでもそうだったから。

でも、信じてついていきたいと思える。そう思わせてくれる。

彼が創造する物語を、拓いていく道なき道を、これ以上ないほど堪能させていただこう!

 

本当に、ありがとう。そして、おめでとう。

 

とにかく、今の気持ちや思い出を徒然なるままにぶつけてみた。

まとまりのない駄文を長々と申し訳ない。

ただ、今日という日は二度と来ないから、今日のうちに。