虚像を愛する

だいたい寝言

RIDE ON TIME 〜時が奏でるリアルストーリー〜 初回放送

10/5 新番組「連続ドキュメンタリー RIDE ON TIME〜時が奏でるリアルストーリー〜」の初回放送があった。

King&Princeを8ヶ月もの長期にわたり密着してくださっていたということで非常に楽しみにしていたのだが、まず一言お伝えしたい。

 

関西でも放送してくださーーーい!!

 

ただ、FOD配信があったおかげで関西住みの私も、翌日には公式に楽しむことができました。ありがとうございます…!!

とても素敵な番組だったので、本当に自分のHDDに録画したいです…お願いします、偉いお方…!

 

さてさて今回は、その放送内容を受けて感じたことを綴らせていただこうと思う。

 

初回放送のサブタイトルは「知られざる想い」

 

KIng&Princeのグループやメンバーの紹介に始まり、平野紫耀くんと髙橋海人くんの密着が主に取り上げられいた。

 

その中で、平野くんが語るアイドル論や本音は、特に我々が抱いていた印象とそう大きく相違なかったように思う。

それは、平野くんが「素の自分を愛して欲しい」という姿勢を貫き、嘘のない言葉を雑誌のインタビュー等で届けてきてくれていたからに違いない。

 

ただ、こうして本人の口から語られる言葉を、(編集があるとはいえ)本人の声に乗せてありのまま聞ける機会というのはそうそうなかったように思う。

そもそも、平野くんは自分のことを語りたがらない印象があった。

だから、一番最初に抱いた感想は

「紫耀くん、自分の思いをはっきりと言葉にして表現してくれるようになったなぁ」

というものであった。

デビューして一年も経たぬうちに、こんなに率直に「やめようと思ってた」と語ってくれるとは思ってもみなかったのだ。

 

ただ、今回の放送で最も衝撃的だったのは

「CMの契約が切れたら」

という期限に彼が言及した点であった。

期限付きだったのだ。むしろ、CMがなければもっと早くに「パツッ」といなくなっていた可能性もあるらしい。もしも、と思わずにはいられない。

 

そもそも、彼が辞めようとしているのではないか、という疑念を抱くファンは少なくなかった。

 

私が一番衝撃を受けて覚えているのは、Mr.KINGとして出たSho-comi(2017年1月号)の中で、今年の目標として放った「俺は時間が許す限り、資格とか取ってみたいな。」「介護、あと保育士。」という発言である。

転職の匂いしかしない。アイドルとして生かすことができそうな資格ならまだしも、明らかに多くの人が本職として取得する資格ばかりだったからだ。

 

そこから、なりたい職業はさらに自衛隊にも及び(これは詳しい出典は忘れてしまった。思い出し次第、追記する。)、ますます「アイドルじゃなかったら…」という発想を彼が抱いているのだなと感じるようになった。

 

違った側面からも、同じことを感じていた。

 

それは、彼が「家庭」に言及するようになったことである。

Sho-comi 2017年2月号では、告白の言葉として「パパになってください」と挙げていた。

それ以外にも、彼が「結婚」や「家庭」を思わせるような発言を多くしていた。その中には、「なるべく早く結婚したい」という内容のものさえあった。

映画honeyの匂わせだったのではないかという見解もあるが、私はそれより以前から家庭に対する憧れを抱き、躊躇なく発していたと踏んでいる。

アイドルを生涯続けるつもりならば叶うことのないその発言に、切なくなるばかりであった。

 

 

 

ただ、お仕事が継続的にあったし、彼はプロ意識も責任感も人一倍ある人だと思うから、

平野くんがその時まさに辞めようと思っていたなどとは、私自身は露ほども思っていなかった。

周りがざわついても、「いやいや、そう簡単には辞めさせてもらえないと思いますよ〜」なんて笑い飛ばしていたのだ。

 

ただ一方で、不安やモヤモヤした気持ちを抱えていたことも否めない。

紫耀くんの中に、揺らぎを感じていた。

思い当たる節がたくさんあったので、2017年初頭〜初夏までを振り返ってみた。

 

モヤモヤは、ジャニアイに始まる。

 

 

ppppp-nh.hatenablog.com

 

私が観劇したのは、たったの1回。しかも、2ヶ月ロングラン公演中の折り返しにも当たるような、微妙な日程であった。

ただ初日に観劇した方々からの感想やレポを見て、衝撃を受けた。

なぜ、こんなプライベートなことにまで切り込まれねばならぬのか。

正直言って、初めはフィクションだと思っていた。

しかし、翌日の新聞記事でそれらが「事実である」ということを知った。

あまりのショックと悲しさとで、その日1日落ち込んでいたことを思い出す。

さらには、その時の彼らの扱いにも憤りを感じていた。

事実として劇中でそれぞれが激白をさせられていた。中でも、新たに本人の口から告げられたことは

佐藤勝利くんの「お父さんの死」

平野紫耀くんの「お母さんの脳腫瘍」

岸くんの「父子家庭である事実」

などである。

どれも、このようにして文字として残すことさえ本意ではない。彼らの触れられたくないことに、触れたくない。

それほどに、センシティブな話題であると私自身が感じているからだ。

しかし、モヤモヤしたのはこれらの扱いである。

翌日の新聞記事は、勝利くんのお父さんとの死別を大きく取り上げるものばかりで、平野くんの激白は小さく添えてあるか、「平野も…」と文中で軽く取り上げられるのみであった。(岸くんに至っては記事にさえなっていなかったと思う。)

こんなにも繊細な話題を題材として公表させておいて、本人たちにも泣きながら激白させておいて、ついででしかないのか。

デビューしているかどうかが、これほどまでに扱いを変えてしまうものなのか。

舞台そのものは、平野くんがメインを張っていると言っても過言ではなかった。出番も見せ場も多かった。

こんなにも頑張っているのに、あんまりではなかろうか。

 

そのモヤモヤは、継続する。

 

Jr.祭り、横アリでのことだ。

参戦したキングファンから、落胆」の声が漏れてきた。

他と比べてコンサートが下手だった、というものだった。

私は、その一ヶ月後にたまアリに参戦した。

正直、下手くそだとは思わなかった。ただあまりの横並びの扱いに、本人たちが「これといって強みがないけれども」と前置きしたくなる気持ちもわかった。

それほどに、他のプロデュース力は目をみはるものがあった。

そして何より、紫耀くんに覇気がなかった。

花粉症だと言われていたが、その翌年にはあんなにも爛々と目を輝かせてパフォーマンスしていたのだから、それだけではなかったのだろう。

気だるげで、危うげで、それはそれで色気があるものだったが、そこに「いつか消えてしまうのではないか」と不安を覚えていたことも否めない。

そして、東京B少年への声援の多さにも、圧倒されるばかりであった。彼らの存在こそ”フレッシュ”の象徴であり、未熟ではあれど、穢れのない麗しさにオタクが総出で目を輝かせるのも納得できた。

ただ一方で、その勢いに焦燥感を抱いてしまったことも事実である。

 

さらに、ジャニーズ大運動会で私の気持ちは大きく揺れた。

 

ppppp-nh.hatenablog.com

 当該記事にもある通り、衝撃的だった。

ドーム全体からの声援は、東京B少年那須くんのほうが大きかったのである。

これは、その場にいたファンしかわからないことであるが、はっきり言って焦る。しかも、平野くんはいつメンとばかり絡んで、全然アピールしようという気概が感じられなかった。

…本人が語る通り、元々 承認欲求はあれど自己顕示欲は強い方ではない。それが品であり、良さでもある。

ただ、この時にはそれが逆に辛かった。悔しかったのだ。

事務所からの扱いは、変わらず手厚いものであったし、その待遇に文句はなかった。

事実、その運動会中に冠番組の発表があったのだ。

だが一方で、こうしていずれは「旬を逃す」ことになるのでは、と焦りや不安を感じずにはいられなかった。

 

さらには、「本人たちが選曲した」としてオリジナル曲の「Alright」が披露された。

はっきり言って、不安定だったとしか言えない。ただ、そんな不安の中で、必死にもがきながら、ステージに立つことを選択し続けてくれているのだ、と。

それを感じて、自身がプライベートで不安の最中にいた私は、その歌詞や姿勢に勇気をもらい続けていたのを思い出す。

 

これらの思いが、今回の発言を通して一つの線でつながった。

なるほど、彼の揺らぎを私たちも感じてしまっていたのか。

紫耀くんは優しい人だから、それを言葉にすることはなかったけれど、ファンにはちゃんと伝わるものなのだな、と改めて感じた。

 

彼が責任感のある人でよかった。

事務所の人が、素敵な言葉で引き留めてくれてよかった。

本当に、愛・感謝である。

 

さらに、彼自身が「僕の親、死にかけてたんで」とカラッと語ってくれたおかげで、もう一つのモヤモヤも解消した。

彼の中で、昇華できた出来事なのだろうと感じる。

もう、現在進行形ではないよ、と教えてくれているように感じた。

 

去年の秋頃に「認めてもらった形が欲しい」とはっきり言葉にするようになり、随分とたくましくなったな、、、

と感じていた頃にはもう、この世界でやっていくことを決意した上で、交渉に入っていたんじゃないかと思う。

もちろん「これで無理なら辞めてやろう」という気持ちで、一世一代の賭けに挑んでいたのだろうと思うが。個人的には、9月にはパツッと辞めるよりもデビューして活躍したい、という気持ちの方を明確に持っていたのではないかと考えている。

 

1/17という舞台期間中に会見をしたことを不思議に思っていたが、もしかするとCMの契約期間も関係しているかもしれない、などという邪推もしてしまう。

 

ともあれ、彼の口からこうして真実が語られること、それを多くの人々が共通認識として共有できたことに感謝である。

彼は、知れば知るほどに男らしく、芯の通った強い人だ。

その強さを色濃く感じるようになった。

自分の目は、間違っていないと感じる。

そして改めて、私はこの人についていきたいと強く思った。

彼がこれから見せてくれる伝説を、この目にしかと焼き付けたい。