虚像を愛する

だいたい寝言

「平野くん」が見つかる世界

今しか感じることのできない、この何にも形容しがたい気持ちを記しておこうと思う。

 

 

私が平野くんを好きになってすぐに、彼は上京した。

正確には、松竹座に出演することがなくなった。これも思い返せば、あれが最後だったのか…と感じるもので、当時はまた戻るだろうと思っていた。

そして、クリエA6時代の到来である。

私はもう確信した。

「彼はこのままデビューする」と。

そして瞬く間にお茶の間を席巻し、いわゆるスターダムを駆け上がるだろう、と。

ラッキー!ジュニアのうちに知ることができて!とまで思ったものだ。

 

しかし、待っていたのは長〜い潜伏期間であった。

何年末のカウントダウンコンサートは平野くんの出演を少し期待しては、やはりそこに彼の姿はなく、

各局の年末音楽番組にも、当然出演はなく、

もっぱら「舞台」での活躍がメインだった。

もちろん、舞台上の彼は非常に大好きだ。輝いている。初めて帝劇で舞う彼を見たときには、感動で息を呑んだし、未だに最も心に残っている大切な作品は「JOHNNYS' FUTURE World」だ。

しかし一方で、悔しかった。

ジャニオタでさえ、一部のコアな人にしか興味を持ってもらえない。

ましてや、お茶の間の人々の目に触れる機会はほとんど無い。

絶対に、目に映るチャンスさえあれば彼は人を魅了する、という確信があった。

絶対に、目に留まる。人気が出る。

こんなに小さな場所に閉じ込められるべき才能では無いのだ…

 

そう思い続けても、主張し続けても、お知らせが来ることはなかった。

きっと彼らに原因があったわけではない。

環境要因であると考えている。

ジャニオタは、優秀な人材の宝庫であるがゆえ、詳細な分析が飛び交った。

ジャニーズ事務所を大きく揺るがすような事件があった。

その対策に追われ、デビューが見送られたのではないか、という意見がかなり的を射ているような気がする。

 

しかし、一件落着してもどこか混沌としていて、拭いきれない停滞感があった。

正直、「機を逸した」といった感覚があった。

じっと耐え続けるしかないのか、このまま世に放たれることなく、我々のようなファンだけにしか消費されないような、そんな箱に閉じ込めていていいのか。

 

そんな不安や悔しさを感じていた。

 

そんな中、ある日突然。

もう、「イベント」と言われても「いつものやつじゃん?」と流してしまうくらいに、マンネリ化してしまっていた日常に。

突然。

ずーっと待って、待って、待ち続けた素敵なお知らせが舞い込んだのだ。

しかも、それは、本人たちが相談に行った結果だというではないか。

こんなにも心動かされることはない。

本当に、驚いた。動悸が激しくなった。誇らしく、嬉しかった。

 

さらに、以前から噂されていた「花のち晴れ」の発表があった。

畳み掛けるように届くお知らせに、目まぐるしく日々は過ぎた。

 

そして。

 

様々なキッカケで、世間の目に触れるようになった今。

「平野くん」としての世の中に認知されるようになった。

夜会、モニタリング、VS嵐

どこに出ても、きちんと爪痕を残す。

 

ほらね!!!

私が信じていた通りだ!!

 

全くもって、私が鼻高々になる理由なんてないんだけれど、

もしかすると私の感じていることは世間とずれているのかもしれない、と凹んだ時期もあっただけに、

自分の信じた感性がやっぱり正しかったんだ、と確認できている今が本当に幸せなのだ。

彼はすごい。

彼は魅力的だ。

彼はスターだ。

 

信じてついてきて良かった。

これからも、信じていこうと思える。

 

さあ、ここがスタートラインだ。

1年前は、こんなこと想像してた?

今朝、(正確には昨日の朝)祖母と平野くんの活躍について話している際に問いかけられた。

「まさかこんなことになるなんて、1年前には想像してた?」

 

答えはもちろんNoである。

いつかは。

いつかはデビューというスタートを切れるはずだと信じていたはずなのに、

いつかは世の中に名を轟かすはずだと確信していたはずなのに、

まさか1年後にはその想いがこんなにも叶っているなんて思いもしなかった。

 

答えはNoだとわかりきった前述の問いに対して、より正確に答えるべく、1年前のことを想起していた。

すると4月13日という日付に既視感を抱いた。

そう、MATCHのCMのイベントの日だ。

平野紫耀 青春トークイベントとして平日に開催されたそれは、得体が知れないものであり「映画だろうか」「CMだろうか」「まさかソロデビューなんてことはないよね」なんて憶測が飛び交ったものであった。

いち早くその情報を得るため、実験しながらTwitterを追っていた覚えがある。

そして、CMおめでとう!と皆んなでお祝いしたことも、今までにないくらいMATCHを買ってさすがに飲み切れずに人に配ったことも、全て遠い昔のような気さえしてしまう。

何故なら、平野くんの活躍の幅が瞬く間に更新されてきたからだ。

 

勢いはとどまることを知らない。

 

そこから初主演映画の情報解禁があった。確か、5/6ではなかっただろうか。

その更に1年前の5/5にはジャニフワの情報解禁があり、ゴールデンウィークの終わりには必ず爆弾があるものなの?!と思った覚えがある。

加えて、もう一作品主演映画か決まった。

 

ドラマへの出演が決まった。

 

 

そして、待ちに待ったCDデビューが決まった。

 

私自身の人生においても、ターニングポイントと言えるこの時期に、彼もまた人生の節目を迎えていた。

今現在、彼の活躍に勇気をもらって、苦しい時を踏ん張っているところである。

 

私の1年後には、どんな世界が待っているのだろう。

それは、今の私には想像できないものかも知れない。

 

1年前には想像してた?

 

答えはNo。こんなにも素晴らしい世界が待っていたなんて。

「関西には戻らない覚悟」

「東京に出てきた時点で、もう関西には戻らない覚悟だったんですよね。」

 

2018年4月号のポポロ内の連載にて、紫耀くんが語った言葉だ。

誤解を招きかねない暴露にも近い発言かもしれない。

当の本人も、反応を見越して「ちょっと冷たい言い方に聞こえたらごめんなさい。」と断ってから発言している。

そんなところがまた、紫耀くんらしい。起こりある反応を即座に予測して、波風が立たないよう先回りの配慮をする。

 

そもそも、2015年の日経エンタでも同じような発言をしたことがあった。

「関西にはもう未練はない」と言い切ったのだ。

なんてリスキーな発言をするんだろう、と思ったが、彼がこうしてはっきりと意思を伝えてくれたお陰で、随分とファン活動が円滑になった覚えがある。

彼はこうして、何度でも自分の覚悟を、決意を、それとなく伝えてきてくれていた。

捨てる、とか、忘れる、という訳ではなく、関西での経験を携えて現状より更に高みを目指す、と。

 

それでも、今回のポポロでの言葉を読んで、やはり心無い言葉を放つ人がいた。

一定数いるだろうとは予想していたけれど、これを機に『担降り』なんてワードまで話題に上がってしまったから困りものだ。

言葉、特に日本語は"ふくみ"を持っている。英語で言うところのimplicationだろうか。これは、行間とも言うべきものであり、ある種読み手の想像力に委ねられるところが大きい。

1つの言葉には無数の解釈があり、それを無意識のうちに選択して、自分なりの理解を構築する。

その上、雑誌などで読むことのできるインタビューなどは、声のニュアンスも削ぎ落とされるため、ますますこちらの解釈によって捉え方は無限大に広がる。

そんな中で、紫耀くんの言葉を拾って「悪意」で塗り固められたような穿った見解を示す人たちがいる。

 

やるせないなぁ、と思う。

そんな風に捉えたって誰も得しないのに。嫌いだ!担降りだ!と叫べば叫ぶほど、貴女自身が傷つくだけなのに。

ただ、こうした齟齬があった時に「そう捉えられてしまう表現をしたのが悪い」と批判される。私はそれも納得がいかない。

世界は、いろんな人が集まっているから、1つの事象に対して世界中の人全員が同じ考えを持つなんてことはあり得ない。

誰からも誤解されない、批判されない、なんてことは到底不可能なのだ。

 

そして今日、平野紫耀くんが松竹座に見学に来た。

映画の宣伝やCM撮影、TBSドラマの撮影と、今までのどの時期よりも多忙を極める今この時に、彼は原点である大阪へと足を運んだのだ。

まいジャニに出なくなり、完全に東京に移行した2015年夏以来、実に2年半ぶりだ。

そこに私や友人は、「覚悟」を見る。

彼は、戻らない覚悟で東京に行った。

そして、デビューというスタートラインに立つこととなった今、1つの思いを成し遂げた今だからこそ、松竹座にやって来たのだ。

デビューするまでは行くまい、と腹を括っていたのだろう。

何という男だろう。

カッコよすぎる。これが、男「平野紫耀」だ。

 

これまで何度も、「何故、紫耀くんは頑として松竹座に見学に行かないのか?」という議論を交わして来た。

ほぼ同じタイミングで上京した廉くんが、彼とは対照的に欠かすことなく(いつしかのクリパは行けなかったよね)松竹座に現れていただけに、尚更不思議でならなかった。

きっと理由があるのだろう、と思っていた。「事務所に行くなと言われているのだろうか?」とか、「関西に泊まるところがないからかな?」とか。

つまらない言い訳みたいなことしか思い浮かばなかった。

 

でも、このタイミングで。

誰よりも忙しい彼が、いの一番で。

挨拶だと思った。ケジメをつけに来たのだ。

 

だがしかし、結局いまSNS上で飛び交うのは、「なんで今更?」「担降りが嫌だったの?」という心無い言葉だ。

平野くんが今更、担降りなんかを気にするであろうか。

彼は、今、SNSなんか見ている暇は微塵もないだろうと思う。

それに、勝手に期待を押し付けておいて、裏切られた!と去って行くようなファンは、追いかけたりしないと思う。

しかも、なにが腹がたつってこういう発言を大きな声でしているのが「他担」さんである点だ。

放っておいてほしい。そりゃ、貴女たちには分からないかもしれませんね、だって平野くんの言葉をずっと拾い続けてきてないんでしょうから。

 

何を言っても、何をしても、平野くんに攻撃する人がいるのならばもう、何も伝えてくれなくていいよ、と思う。

私は彼に傷ついて欲しくないし、ファンである私だって傷つきたくないのだ。

とあるブラック研究室の話

完全なるプライベートな話をしたい。

研究室の先生に怒られた話だ。

 

以降、かなり不快な話になるかもしれない。

気分を害された時点で、読むのはやめていただきたい。

 

私は今、とある大学の研究室に所属している。まだ、学部生だ。

研究室配属は、学部としての教育課程であり、卒業するためには避けては通れない。

 

研究室というものは、若干特異的な性質を持っていると感じる。

「学校」であり「社会」でもある一方で、「学校」でもなく「社会」でもない。

教育機関の一部であるが、そこを職場とする人もいる。属性の違う人間が混在している、いわゆるベン図の交わりのような場所だ。

 

しかも、私の所属する研究室はさらに複雑な構造をしている。

私の学部からしか学生は取らないが、組織としては違う学部に属している。いわゆる「寄付講座」と呼ばれるところらしい。

だから、担当してくださる先生方は全員所属が我々と元を違える。

そして、「研究者」であり「職員」なのである。

それが一つ、歪みを生み出している。

というのも、複数の教員の先生方がいらっしゃって、それぞれに独自の’スタンス’をお持ちなのだ。

「職員である以上、研究より業務を優先すべき」と考える先生もいらっしゃれば、「研究者としてここに来たのだから、最低限業務をこなせば、研究を存分させてもらう権利がある」と主張する先生もいらっしゃる。

 

そうした考え方の"ズレ"からささやかな軋轢が常にあることは否めない。

 

そして、そこに毎年新しい学生が入ってくる。諸々の事情をわかった頃に卒業していく。

 

私は、複数いらっしゃる先生の中でも、研究にかなり熱く厳しい先生の下についた。この先生を今後、A先生と呼ぼう。

研究に対する自発的な熱意がない私は、当初からA先生にかなり嫌われていたのだが、「他の優秀な生徒を下に付ける代わりに、私の面倒も見る」という交換条件としてA先生の下につけられることとなった。

私がチーム配属される際、A先生はチームの学生(私の先輩方)に事情を説明するメールを送信していた。

内容はさすがに見せてはもらえなかったが、どうやら私の悪口もさんざん書かれているらしかった。

そんな裏事情も、結局私自身の耳に入ってきてしまうのだから、研究室という組織は恐ろしい。

 

A先生は、熱心に学生を叩き上げたい、という方だ。

研究に関して、一人の学生の先輩を自分の右腕として育て上げていた。この方を今後、Bさんと呼ぼう。

師弟愛、というと非常に美しく響くが、二人の関係性はどう見ても「異様」である。

もちろん、毎日ご飯も一緒に食べるし、一緒に帰宅していた。席替えをしようとなってもBさんは自ら望んでA先生の隣に座った。

A先生のおっしゃることは絶対で、A先生の愚痴を聞くために深夜まで残っていた。そして、誰よりもひどく怒られていた。教室全体に響き渡る声で、怒鳴られているのである。

しかしBさんはそれを「愛情だ」という。「先生は、私のことを思ってくださっているのに、私の配慮が足りないばかりに…」と嘆く。

研究では、このラボを引っ張っているという実績と自負があるためか、Bさんは幹事学年の時も一切幹事としての仕事はしなかった。「そんなの時間の無駄だ!」と、A先生に怒られるからである。

A先生はBさんをひどく叱りつける分、より一層誰よりもBさんを称賛した。

「Bはすげぇよ、みんな見習え。」

そんな二人は正直、師弟を超えた関係なのではないかと邪推せずにはいられなかった。

 

A先生の指導は、Bさんに対してのみならず、他の学生にも厳しいものであった。

もちろん研究室なのだから、「行事」が執り行われる。

その幹事を任されるのは、残念ながらひよっこである学部生だ。

至らない点ばかりである。

何せ、社会経験は「アルバイト」「サークル」くらいしかない人たちだ。

A先生は、飲み会一つとっても「なぜ俺のグラスが渇いたのに誰も注ぎに来ない?」「なぜこんな座席の配置なのか?」とこと細やかに指導される。

行事が一つ終わる度に、幹事学年の先輩方が誰もいない部屋に呼び出され、説教を受ける様子を見ていた。

自分たちも、いずれはああいう目に遭う。

特に、チームの直属の先輩はよく怒られていたし、その度に遠回しにボヤいていた。

どうすればうまく切り抜けられるか、対策も教えてくださっていたが、そのどれもが当時の私にはとても奇妙に思われた。

「A先生の言う通りにさえしておけばいいよ」「気にしておかなきゃいけないのはA先生だけ」

複数いらっしゃる先生の中で、特段役職の高いわけではないA先生が何の権限を持っているというのだろう?と不思議に思ったのだ。

何なら、教授よりもA先生の言うことが大事だと言っていた。

挙句、彼はこうも言っていた。

「僕は研究室には物をなるべく置かない、ここは僕の居場所ではないから」

「演じるんだよ。ここでの僕は、本当の僕じゃない。」

 

 

そして遂に、その幹事学年になった。

最初の仕事が、卒業生の送別会であった。

ここに来て、同期がみな手一杯で、私が動きだすしかなかった。気が乗らなかったが、精一杯先輩方の意見も取り入れながら、進めていたところだった。

そこで、事件が起きた。

きっかけは瑣末なことである。

「卒業生の一人にプレゼントを渡すかどうか」である。

この研究室では、卒業する人に向けて本人が希望した商品を渡す、という習わしがある。

そして、私が先輩の一人に聞いた話では「博士課程に進む学生にはプレゼントは渡さない」というものであった。

それに則って、準備を進めていった。

仕事は、日程調整に始まり、料金設定、お店探し、偵察、予約。プレゼント希望調査と購入、ゲスト出欠確認。

挙げればキリがない。

しかしここで、同期の中で特に頼りにしている子は、インターンなどでお休みすることが多くなった。

私がしっかり把握をしておかねばならない。正直パンク状態であった。私自身にだって、就職活動の準備がある。

それに加えて、研究活動もおろそかにはできない。

積極的に介入してきてくださる先輩の存在はありがたかったし、その意見に従うことが多かった。

それがいけなかったらしい。

A先生に確認として、「博士課程に進む方には、プレゼントはあげないつもりなのですが…」と報告した。

すると先生は、「それは困る」とおっしゃった。博士課程に進む2人のうち、1人は「実質卒業」らしい。いつどのタイミングになるかはわからないが、いずれここを出て行くのだという。

寝耳に水である。

「では、早急に準備するという手もある」と打診した。

しかし、A先生は「そうするともう一人にもあげなくちゃいけなくなる、ことが複雑になる」と悩み始めてしまった。

そして、「俺、個人的に買うわ」と仰った。

私たち幹事は戸惑った。緊急事態である。

どうやって、「待って」と言おうかと悩んでいる間に、先生はモノを購入してしまった。

そこで、先輩に相談すると、行事担当の先生(C先生)に確認を取らないとね、と言われた。

C先生は、「教室全体であげたらいいんじゃない?」とおっしゃった。

「でも、A先生が個人的に買われてて…」

「それは個人からでしょう?どっちもあげればいいじゃん」

 

困った。これは絶対にA先生には納得していただけない。しかし、反論することができなかった。失敗1。この時点で、幹事失格である。

早急にA先生に話を戻したかったが、A先生は席を外されており、数日後の報告になってしまった。

その間にも、購入する方向で話が進んでいたため、私は順番を誤り、先に卒業生本人に希望を聞いてしまった。

失敗その2である。

 

そして、A先生に話を戻した。

「教室としてもプレゼントを、という方向に話が進んでしまって…」

 

大激怒である。

「もう買っちゃったよ。両方あげるなんてやりすぎ。教室で買うんなら、俺買わなかったんだけど。」

「取り回しに問題がある。幹事としていただけない。たった1回の飲み会もうまく取り回せないようなら、今後どんな回の幹事も務まらない。こんな失敗するやつに、仕事は回ってこなくなる。」

「そもそも、どうしてあの学生に相談など行ったんだ?意見が聞きたいなら、今度からBに相談しなさい。」

散々な言われようであった。

 

しかし、こちらにも非はある。

(完全に、こちらが悪いのかと言われると、世の常として100%どちらかが悪い事故はないと思っているので、頷けないところだが。)

ひたすらに謝罪し通した。

30分間、謝罪し、訂正できるところは訂正したり、

打開策を幾つか提案してみたり、

必死に傷を浅く済ませようと画策したつもりだった。

 

しかしながら、その後の対応も良くないらしかった。

再度、C先生に話を戻し「教室からは無しだと一度決定していたので、戻せないか?」と掛け合った。

すると、C先生は「それならお金だけでもバックすればいいんじゃない?」といった。

 

それをA先生に伝えたところ、その伝え方もまずいらしかった。

「先生が買ってくださった品物にお金を充てさせていただくというのはどうか、とのご意見でした…」

カチン、ときたらしい。

しかしその場では、それじゃまずい、もう買いなよ。と突き放された。

ごめんなさい、と再度謝ってその場を離れるしかなかった。

 

そして、その日のうちにたまたま研究室に顔を出していた同期(実習中)と、座席順を考えていた。

積極的に介入してくださる先輩が、再度参加してきた。

それを例のBさんに見られた。LINEが入っていた。

「私は今、実験中だから参加できないんだけど、後で私も席順見せて欲しいなぁ〜」

 

背筋が凍る思いだった。

きっと、どんな席順でも怒られるに違いない。

 

しかし、私は用事があったので同期に「Bさんにこれを見せておいてほしい」と託け、Bさんにはその旨の了承を得て帰宅した。

 

と同時に、A先生から「挽回のチャンス」としてまた別の飲み会の取りまとめをするよう命じられた。

その日程調整のLINEをグループラインしたところ、一度BさんとのLINEは終了していたにもかかわらず、即座に個人LINEが入った。

「今、グループにあげてる飲み会って先生もいらっしゃる飲み会だよね?」

そう、私たちのグループは学生のみで飲み会を開くことを実質禁じられている。

「研究室は、サークルじゃない」からだそうだ。

 

私はかなり精神的に追い詰められた。

 

そして翌日、Bさんから「送別会の席順のことで話がある」と呼び出しをくらった。「午後にお願いします」と返した。

研究室に着いて、席順の紙を探したがどこにもない。

自分の席にも、託けたはずの同期の席にもなかった。

通りがかったBさんに「知りませんか?」と確認したところ、「アァ、ここにあるけど。」とぶっきらぼうに返された。

なぜ、彼女が持ったままなのか、私には理解できなかった。見せろとは言われたが、渡せとは言われていない。

唖然としている私に向かってBさんは、

「でも私、これは認められないんで。」

と捨て台詞を吐き、ドアをバンッと大きな音をさせて出て行った。ああ、午後私は彼女から怒られるわけね、と悟る。

しかも、あの強気な姿勢は、A先生に起こるよう指示されたに違いなかった。

午後、インターンから戻った同期とともに、重い足取りで誰もいない部屋に連れて行かれた。

 

その後、2時間近くにわたり説教をされた。

こちらの意見など、一言も聞かれることはもちろんない。

いってみれば、昨日に先生がBさんに行った愚痴の内容を一言一句違わずに伝えられているだけにすぎなかった。

それだけでも衝撃的な体験であったのだが、先生にご迷惑をおかけしてしまったことに違いはない。

Bさんに叱られる筋合いは、正直あまりないのだか、これも必要な行程なのだと心を無にして聞いていた。

しかし、ある発言に驚愕した。

 

「先生がせっかく考えてご用意されたプレゼントを、教室からのものとして渡そうなんて、先生の気持ちも踏みにじっているし、卒業生の気持ちも踏みにじっている。業務としてこなしているだけにしか見えない。何、一石二鳥だとでも思ったの?

 

ショックだった。

一石二鳥などと、思うわけがなかった。

先生にご迷惑をおかけし、気に病み、どうにかしてことをうまく収められないかと、板挟みにあいながら懸命に奔走した結果だった。

それを、一石二鳥だなんて。

そんな発想があるということに反吐が出そうであったし、そんな下品な考え方をする人間だと思われるなど、非常に屈辱的であった。

思わず声をあげた。

「と、先生が感じられたということですか?非常に心外です。」

Bさんは、「いや、先生がおっしゃっていたわけではないけど、えっと。でも本当に落ち込んでいらっしゃって…私が想像しただけ!」と取り繕った。

嘘だと思う。先生がそういったに違いない。

 

その後も

「普段から、人の気持ちを考えていないから、こんなことになるんだと思う。この席順もそうだ。」

と叱られた。

席順自体は、2人をトレードしただけであったが、これをキッカケに怒ろうと考えただけだと思う。

 

あまりに悔しく、屈辱的であった。そう言われても仕方ない結果を導いてしまったことももちろん悔しかったが、最低な筋書きをわざとぶつけてこられたことに怒りがこみ上げてきた。

と同時に、その勝手な筋書きとはいえ、私がさらに人の感情を「踏みにじった」り、「傷つけた」りしたかもしれないことが辛かった。

解放されてから、1時間近くトイレにこもり泣き、明らかに腫れた目で残りの時間を過ごした。

 

そして、なんとかその日のコアタイムを終えたが、どうしても納得がいかなかった私は、A先生の元へ直接話に行こうと決意した。

根本原因については、散々謝った後である。

私が言いたい、そして謝りたいのは1点だけだった。

「私、先生のプレゼントを共有のものにできればラッキーだ、なんて一度も思っていません。そんな風に考えられているなら心外ですし、そうやって解釈して先生が悲しまれるのはもっと心外です。」

 

晩御飯も食べ終えて、他に誰もいなくなった教室へと再度足を運んだ。

A先生とBさんがいることは確信していた。

 

そして、教室の前で深呼吸していると中からA先生の怒った声が聞こえてきた。

断片的ではあるが

「一度決定したなら、決定を覆すなんて…」と聞こえた。

確実に、私たちの話だった。

一瞬、躊躇した。しかし、意を決して入室した。

シン、と静まり返った。そして、話が途絶えてしまった。

私が自分の席に向かっても、話が再開されることはない。

確信した。自分の陰口だったのだ、と。

 

思わず一度、外に出た。

しかし、やはりここで言わないと一生勘違いされたままである。

 

戻って、「あの!」と声を上げた。震えていた。

 

「一点だけ、勘違いされていたら嫌なので、訂正したくて。」

と話した。

どうぞ、と言われた。

その場にはA先生とBさん、そしてもう一人博士課程の先輩がいらっしゃった。

私が震える声で話し始めて10秒も経たないうちに、A先生とBさんの反論により中断された。

「俺がわかっていて欲しいのは…」と話を逸らされた。

どうやらC先生の決断に私が従って動いたことが、いけないらしかった。

C先生とは軋轢があるらしい。

私の気持ちの面などは、彼にとって瑣末なことだった。

 

15分ほどA先生の一方的な話を聞いた後、不服そうな顔をしていた私に「言い分は?」と聞いてきた。

聞かれたから答えた。また、30秒も経たないうちに反論された。

ぐっとこらえるべきだ、と思い話を聞いた。

また20分ほどして「反論は?」と聞かれる。次第に話は逸れていき、私が聞いていなくてもいいような話になる。夜中である。

立ちっぱなしで、暖房の効いた部屋でコートも脱げずに聞いている。

意識が飛びそうになる。

すると「聞きなさい。君に聞いていてほしんだよ。」と言われる。

そうして、30分、1時間、とスパンが延びていった。

気づけば、深夜0時を超えている。

何のためにここにいるのかわからない。「コートだけ脱いでもいいですか」と脱がせてもらうが、座らせてはくれない。

「反論は?」と深夜1時に聞かれる。反論と言っても、すべて事情説明だ。

挙句、「君はプライドが高いから、すべてに関して言い返してくる。」

と言われた。

たった1点のことを、主張するためにここに来た。2:1であろうと3:1であろうと、構わないと1人で乗り込んだのだ。

言い返さないわけがない。

「私はただ、これが言いたかっただけなので」と繰り返す。もう帰りたいからだ。

すると、Bさんがキレた。

「なんだか、自分の正当性ばかり主張していてイライラする。」

「先生が、こんな風に〇〇さんのいいところも挙げながら寛大に許してくださっているのに、いつまでもいつまでも自分が正しいと主張して、自分を守っているようにしか思えない。」

 

当然だ。この状況で、自分が自分を守らなくて、他に誰が守ってくれるというのだろう。ただ、刺されて死にに来たとでも思っているのだろうか。

 

私の中で、何かが崩れた。

絶対に泣くまいの決めていたのに、涙が出てきた。

途端に、目に見えて周囲が慌て始めた。座ったらいいよ、とようやく席を差し出される。

この時点で4時間は経っていた。

こんなことを期待していたのではない。

傷ついた、と言われたから。無駄に傷ついてほしくなかったのである。

弁明することで、救われる気持ちがあるかもしれないという気持ちもあった。

しかし、Bさんには「自分を守りたいだけ」と罵られた。

彼女が私に共感することは、一度もなかった。

 

何をしても無駄だ、とわかった。

怒らせてしまったことを謝っても、無駄。

せめてその後をケアしようとしても、無駄。

 

言い返すな、というのなら黙るしかない。

その後も続くお説教を私は一切声を上げず聞いた。

「ね?」とか「わかるか?」と問われる。

とにかくこうしないと帰してもらえない。

反応しなくても、まだ話が続く。

「だろ?」と言われる。とにかく頷く。目を見て首を縦にふる。

 

屈辱的すぎて、悲しくて、涙が止まらなくなった。

それがさらに屈辱的だった。

涙を流しながら、首を縦に振り続けた。

「もう帰るか。」

と言われた。

夜中の2時を回っていた。

 

すみませんでした。と頭を下げ、帰路に着いた。

 

たかだか行事のことで、こんなことになるとは思いもしなかった。

家に着く。一日中泣いていたので、頭が痛くてたまらない。

重い瞼を閉じても、怒りから眠れない。

どうしたものかと思って開いたケータイに、先生からメールが届いていた。

 

「遅い時間まで付き合わせてごめんね。一点誤解を解きたいのは、〇〇さんが入ってきた時話していたことは本当に君のことじゃない。あと、いろいろ言い過ぎた。反省はしている。」

精一杯の優しさなのだろうと思う。

 

普段、先生からのメールに返信しないなどありえない。

しかし、この日ばかりはできなかった。

私の誤解だって、ろくに解かせてもらえなかったのだ。

悶々とすればいい。

 

そして三連休を迎えて、昨日のニュースを知る。

千葉大アカハラに関するニュースだ。

どこにでもあるのだ、と知る。

千葉大では、教授が減額処分をくらったという話だった。

私は、教授のことは大好きだ。そうか、責任は上まで上がっていくのだな…と考える。

 

今、私にできることはじっと耐えることしかないのかもしれない。

そこで、先輩の言葉を思い出す。

「演じるんだよ。ここでの僕は、僕じゃない。」

私は私が見たものしか知らない

なんの歌のタイトルだろうか、と思う。この記事のタイトルである。

何かポエムを読みたくなったわけでもないし、詠みたくなったからといって詠める才は残念ながら持ち合わせていない。

 

ただ、今日ふとそう思う場面に立ち会った。

 

今日、私事ではあるが、中学時代からの親友の結婚式に参列した。

大変和やかな中執り行われた式は、非常に温かく、そして愛に溢れた時間であった。

私は、この友人のことが大好きである。中学生の時からずっと、会うたびにふざけたことばかり言い合って、大きな声で笑いながら、共に成長した。大らかで優しいのに、芯が強い。高校生の時には、くだらない話をしたり、進路について相談したり。いつも優しく「きっとできるよ!」と励ましてくれた。

進学大学は異なったけれど、定期的に会っていろんな話をした。もちろん彼のことも。

そしてついに、そんな彼女の結婚式の日がやってきた。そこで、彼女の大学時代の友人による様々なムービーを見た。現在の職場の仲間たちと笑い合う姿を見た。

少し寂しいと思った。

そして気づく。

私が本当に知っていたのは、中高の6年間の彼女だけなのだと。

共有していた時間はたった6年間の思い出に過ぎない、と。

私が知らない間に、彼女が積み重ねてきた歴史がそこにはあって、

それをこうして知ることができる機会に恵まれたのだなぁ、と。

しかしながら、共に過ごした6年間は何物にも代えがたい、かけがえのない宝物であることに違いない。

 

これはもちろん他の誰にも当てはまることなのだと思った。

 

私は平野くんの語る言葉を聞いて、よく「平野くんらしい」と思う。

でもそれは、あくまで私がファンとして享受できる程度の情報から私が作り上げた「平野くん」らしいに過ぎない。

彼には彼の、積み重ねている歴史があって、それは私の知るところではない。

でも、ハピアイのパンフレットで東山さんがおっしゃっていた。

「今日君に出会うために、僕らの歴史を積み重ねてきた」

知らない過去や時間よりも、大切なのは目の前に見えている私の目に映る「事実」なのだ。

今日のように、少し寂しく感じてしまうことは、ファン活動においても私生活においても多々起こることだろうと思う。

だけど、私にとって大切なのは、私自身が感じていること。

それを再確認した1日であった。

6か3+3か

King&Princeのデビューに際し、平野紫耀くんからの直談判があって

この6人でのデビューという形になった、という報道がなされた。

 

正直、意外だった。

きっと皆様も同じ気持ちだったのではないだろうか。

平野くんが自分から何かを強く主張する場面に、初めて立ち会ったのだ。

これまで彼は、「受け身」だった。

グループの変遷は「クラス替え」のようなものと表現した。つまり、彼の一存ではどうにもしようのない采配なのだと。

元のグループのメンバーも今のメンバーも大切な仲間だが、今の運命を受け止める、と言っていた。

それはアイドルとして極めて正当であり、理想的な態度であると私は思っていた。

アイドルは、ファンに求められて初めてアイドルとなる。自分がしたいことを表現するアーティストとはまた別の極めて特異的な存在であると私は思っている。

だから、平野くんを好きになってから、彼が「目の前のことに全力で取り組むようにしている」「明日のことは今日考えない」と明言しているのを見聞きしては、とても私の思う「理想のアイドル」だと認識してきた。

 

彼は、求められたことに「No」とは言えなかった。何かを主張したり、顕示したりすることを苦手としているように見受けられた。

誰もが無理だと思う演出に「できません」といったことを何ヶ月も引きずってしまうほどに、彼にとって「求めに応じないこと」は重罪だったのだ。

 

 

そんな平野くんが、「この6人でCDデビューをしたい」と申し出た。”主張”をしたのである。

それほどまでに、彼にとってこの6人が大切だったのだろう。

もしかするとジャニーさんには渋られたのはないかと思っていた。

「3人でも十分うまくやっているのに」という発言に、少しにじみ出ているようにも感じられた。

正直、そこが一抹の不安を感じさせる部分だった。

 

キンプリはそもそもが「期間限定」と銘打って立ち上げられたグループであった。

結成当初は直接、「デビューはまだまだ」と通達までされていた。

その後、期間延長を表明しても、あっさりと社長から「秋からは別々で」と解体を宣告されてしまったのだ。

別々の道を歩みながらも、平野くんはPrinceの3人が大好きなんだなぁと思わされる場面が多々あった。

前回、ハワイに行った時もこの6人であることを喜んだし、プライベートではじぐいわの2人を含む”いつメン”で遊ぶことばかりだった。

Jr.にQや雑誌の近況でも頻繁に「玄樹」「神宮寺」の名前が挙がったし、"VS"でなくなってからも彼はPrinceを強く意識していた。

たまにシブヤノオトなどで共演すれば、これまで以上に張り切って踊るようになった。

平野担さんとお話しするたび、「紫耀くんはキンプリが好きなんだね」という話をよくしたものであった。

 

「僕にはそんな発想がなかった」と語る社長の根本的なフィーリングは、2年半前から大きくは変わっていないのだろう。

しかし、平野くんの熱意にジャニーさん自身が心打たれたのか、気づくことがあったのか。

Mr.KINGとPrinceというグループ内ユニットは保存のままという形をとるところに、わずかばかりの社長の意地は感じないでもないけれど、

それはこちらの邪推というものであって、あくまで現行のファンの気持ちを汲んでのことなのだろうとも思う。

そして、快諾されたとも取れる表現もあったことからも、社長はきっと反対していたわけではないのだ、と知る。

 

6人で、と言われた。その瞬間に「受け入れなければならない」と思った。

提供された形を愛すると決めていた。

だけど、そううまくは適応できていなかったところに、幸運にもハピアイを見る機会に恵まれた。

紫耀くんが、生き生きしていた。

楽しそうだった。

ハピアイがNHKで取り上げられ、キンプリの6人が並んでコメントしていた。

今まで見た中で、最も精悍で凛々しい表情をした平野くんがそこにはいた。

あぁ、これが彼の望んだ世界なのだ、と。

ここまで活気に満ちた明るい表情をするのだ、と。

そしてFCができ、会員動画で6人で楽しそうに話す姿を見た。

本当に生き生きしている。

これ以上、何を望もう。

6人を愛することができそうだ、と思った。なんて簡単なんだろう、と思われるかもしれない。

でもファンなんて、そんなものではなかろうか。自担が幸せそうなら、何もかもが輝いて見えるものだ。

まだCDも出していない。それなのにFCには3日で7万もの会員登録があった。

きっと大丈夫。出だし順調。

 

そして、これから例え壁にぶち当たったとしても、平野くんならば、この6人ならば。

花のち晴れ、出演おめでとう!!!

衝撃のデビュー発表から、1週間がたった。いや、体感としては「まだ1週間しか経ってないのか…」である。

その間にももう一つ、嬉しいお知らせがあった。

TBSドラマ「花のち晴れ」に、神楽木晴役で平野紫耀くんが出演するというお知らせだ。

待ちに待ったドラマ出演。

良質なドラマを次々と排出しているTBSの火曜10時枠。

しかも、伝説のドラマ花男の続編として話題性も抜群である。

主演は杉咲花ちゃん。他、中川大志くんも出演する。

正直、とても力が入っていると感じる。

ついにきた。平野紫耀が世にその名を轟かせる大チャンスである。

 

これまで、「どんだけ待たせるの…」とため息をつくばかりであったが、いざ世に放つとなればちゃーーーーんとお膳立てして、レール敷いて、やれるだけのことはやってくれる感じ。

やはりこの事務所は、芸能界を牽引するリーディングプロダクションだなぁと思う。(小声)

 

私は、平野くんを応援し始めてからずっと、この時を待っていた。

平野紫耀はいずれデビューする。その時にはきっと、ゴールデン・プライム帯のドラマに出て、世に一気に見つかるはずだ!

とイメージしていた。

その構想が今、現実となった。思い描いた一場面にようやく立ち会っているのである。

こんなに嬉しいことがあるだろうか。

たまらない。平野紫耀の見せてくれる世界が美しすぎる。

だから、さらにその先を思い描いてしまう。

いずれは国民的に名の知れるアイドルとなり、ドラマやCMへ起用はごくありふれた事象となる。ドーム常連となって、年末の音楽番組やカウコンはもちろん、紅白歌合戦にも出演する。

俳優業もこなし、一般の方にもたくさん認知され、情熱大陸にも出て欲しい。

夢はとどまることを知らない。

 

このように、デビューを基軸にファンを続けていたから、むしろここまでの道のりが想定よりも長〜くて険しくて驚いた。

途中、息がきれるかと思った。

紫耀君じゃなきゃ、ここまで応援続けていられなかったと思う。と同時に、もっと長く応援し続けている先輩方を尊敬するばかりである。

デビューしたら燃え尽きて担降りするかも、という予感さえあった。

しかし実際には、そんな気配は全くない。

むしろ、ここからやっと新しいステージが始まるのだとワクワクしている。

 

私自身、この春から就職活動が始まる。

3月には説明会が順次始まり、4月5月6月と就職試験日程も立て込んでいる。

そんな中、honeyは公開されるわ、ドラマは始まるわ、デビューシングル発売されるわ、それに伴ってツアーやイベントもあるであろうと予想されるわ、

もうすでに多忙の極みである。

 

だけど、デビューも就職活動も、私の人生で1度しかない大切なイベントだ。

どちらも手を抜くわけにはいかない。(?)

自担の輝かしい活躍に活力を得ながら、最後まで頑張ろうと思う。

 

だから、いつもありがとう紫耀くん!本当におめでとう!!

お札に載る夢、叶えようね!

私も夢に向かって頑張ります!!

 

と届くことのない感謝を心の中で唱えつつ、勉強に戻ることにする。

はぁ、春よ来い!